2010年7月8日木曜日

ルワンダのメモ

数年振りに訪れたルワンダは

以前より、痛みの雰囲気が薄れた感じがした。

国は坂道が多く、森に囲まれ、緑が美しく、

女性も非常に美人が多い。

ルワンダ・ブルンジは美人揃いな事を知っている

日本人はどれくらい居るのだろう?

この両国は、実は隠れた美人の宝庫なのだ。

東アフリカ・コミュニティー参加の為か

スワヒリ語も普及し(勿論、キニャルワンダがベター)

僕は不自由なく行動する事が出来た。

不正も少なく、不正の王様(コンゴ)から戻った時には

ここは天国かと思ったほどだ。

車も制限速度60km前後で

ケニアで言うマタトゥもキチンと守っている。

時々、荒い運転をする人もいるが、

殆どの人が安全運転で(見通しの悪い峠が多いから?)

それと、ビニール袋が禁止され

アフリカ各地でみられる

「捨てられたビニール袋のゴミ」がなく。

本当に美しい国だったな。

バイバイ!またね!ルワンダ。

Congo(旧・ザイール)までの道 その9

ルワンダではもう一つの目的

ルワンダのNgomaを観て太鼓を持って帰る事

http://www.youtube.com/watch?v=XVVLhzJH0osで観た

隣国ブルンジとは似て非なる太鼓アンサンブルを

是非、みて帰りたかったのだ。

が、フェリックスに紹介された村は

生憎、太鼓叩き達が教会へ行ってしまい

踊りはナカナカだけれど、太鼓にはイマイチ迫力の無い

モノだったから、残念だったが、

数年前にヒュートレイシーのCD等で聴いた

長いお盆に弦を張ったような楽器の

生演奏を観る事が出来た。

予想通り、音量はそれほどでもないが

まあ、不思議なチューニングと

これほど簡素でありながら

キチンと弦楽器として機能することが

非常に驚きだった。

数回見た後、一緒に参加してキープ役を

叩かせて貰う。比較的簡単なパターンだった為

すぐ覚えらられたし、「ナカナカ上手いじゃないか」と

お世辞も言って貰えたが、叩く棒が太く重く、、、

すぐ腕が疲れてしまった。

改めて「最近、怠けてんな~」と反省。

手頃な大きさの太鼓を3つ買い求め

車に詰め込み、さて、、と。

ナイロビへ帰るか!!

Congo(旧・ザイール)までの道 その8

さて、出会えたコンゴの太鼓叩きは

両頬に穴が空き、パンチの効いた人だった。

韓国かどこかへ招聘された時の写真も

白塗りの顔に針を突き刺したモノで

ナカナカの迫力。

欲しかった太鼓を目の前にして

僕の全身から「これ、欲しいな」という

オーラが滲み出ていたと思う。

その辺が今回の失敗だった。

結局、

その太鼓+大きさの違う太鼓を一式

揃える事は叶わず、そのメインの太鼓だけ

3~4日間のすったもんだの末、手に入れた。

仕事は途中でコケたが、目的の太鼓を手にして

戻ったルワンダのキガリでは

色んな意味で羽目を外し、自分を祝った。

さて、後は帰るだけだ。

2010年7月4日日曜日

コンゴの常識・日本の常識(番外編)

僕はコンゴ初心者なので、、

歴戦の強者達が聞けば

「そんなの当たり前じゃん」程度の事だろうが、、

その1:ビザが無かった!?

一応ナイロビでビザは取れるのだが

蔦田さんにハナシを聞いていたので

国境でとる取る事にする。

ルワンダを無事に出てから

コンゴ側に入ると

”ゾンビ”のように制服達が群がってくる。

曰く「ビザは俺に任せろ!」

軽くいなして打ち合わせ通りフェリックスに頼むと

数分してからビザを貰えた。

が!パスポートには何も無く、、、

紙切れ一枚だけだった、、、

どうやら、これがビザらしい、、、本当かな??

その2:部屋の予約も賄賂次第 

一応キガリの国境越えが専門の業者を通じ

ゴマで一番のホテルを予約しておいたのだが、、、

どのくらいのホテルかと言うと、

大統領や官僚達、後は外人ばかりが泊るホテル。

しかし!受付曰く「そんな名前の予約は無い」

フェリックスさんが幾らか掴ませると、、、

「おお!こんな所に名前があった!!」

しかし! 連れて行かれた部屋は

発電機の上で、、話しもできない(笑)

他の部屋にしろ!と怒っても「満室」の一点張り。

しかし!再び幾らか掴ませると

静かな湖畔の部屋が用意された(笑)

その3:女は黙って酒を注ぐ!

一応ナイロビの夜のオネエチャン達は

「ねぇねぇ、一杯おごってよ!イイでしょ?」といった感じで

色々な事が始まるのだが、、、

ゴマのオネエチャンはイキナリ隣りに座って

俺のビールをを勝手に注ぎ始める(笑)

おい、ちょっと待て!コラ!(笑)とたしなめると

「●×△◎×▼!?」と言って去って行った(笑)

横ではフェリックスが大笑いしている(笑)

いやぁ~ナメられてんなぁ~俺は!!

これがキッカケで毎晩出かけることになる。

その4:ポリへの賄賂は迅速に!! 


日中車で市外へ出ると

各ランドアバウトでポリに捕まる(笑) 


理由は、、、

*飲み水を積んでいない
*窓を開けて走っている
*タイヤが指定のモノではない等、、、なんでも良い(笑)

問題は、、、

ポリは1人2人の内にハナシをつけることだ。

さもないと、、、

ウヨウヨ後からやって来て

「私はこれで良いが、、、他の連中が何と言うか、、、」

という事で手痛い出費を余儀なくされる(笑)

まぁ、ルワンダ・ナンバーの車で

外人の僕が助手席に乗っていれば

そりゃあ、カモだよな。

隠れて上手くやり過ごせても

見つけられた途端!バイクで追いかけて来て

次のランドアバウトで止めるという強者も居た(笑)



他にもか数え切れないほど賄賂を払ったが、、、

フェリックス曰く

「ウチのボスはコンゴ生まれのコンゴ育ちだから、、、」

事情をよく分かっているらしい(笑)

だから、領収書無しの出費もある程度は問題が無い。

僕のボスもコンゴを知っている人で良かった、、、

兎に角、最初は強烈に直接的で面食らったが、

慣れればなんて事は無い。

ポリには平伏して(笑)オネエチャンは上手にあしらい

ホテルの受け付けもNgomaのお陰で仲良くなり。

最終日は凄い部屋に移らせてもらった。

そうさ

僕はいつの間にか、、この国・人が好きになっていたんだ。

Congo(旧・ザイール)までの道 その7

さて、念願のコンゴ(旧ザイール)だ!!

この国は僕にとって特別な国の一つ。

Ngomaの凄腕達がウヨウヨしている。

本当は他の用事で来たのだけれど、、、

途中でキャンセルになり、じっくり太鼓三昧するつもり。

しかし、到着地のゴマは難民キャンプよろしく

なかなかNgoma的な匂いを感じさせてくれない。

賄賂の度合いはケニアの数倍はイクほどの

激しさで、、、

初めてケニアに来た頃を思い出した。

酒場のオネエチャン達や、土産物屋のおっさん達と

ワイのワイのやりながら、お目当ての太鼓にたどり着く。

ドライバー兼、通訳のフェリックスさんのコネが効いた!

なんと翌日にはソノ目当ての太鼓一式に辿り着いたのだ。

しかし、、フランス語は音が美しい、、、

フェリックスさんがフランス語で

美しいコンゴの女性を口説くのをみて

絶対にフランス語を勉強しようと決めた。

ああ、僕にフランス語が出来たら

ありったけの言葉を使って

彼女のう美しさを讃えるのに、、、

こんな気持ちも

初めてケニアに来た頃みたいだ。

うううう、、、ぐやしい、、、

2010年6月30日水曜日

ワールドカップ日本敗退、、、

駒野に対して

「PK外すなよ!バカ!」

それぐらい、なんで言えない?

「頑張った、頑張った」って、、、

頑張るのは当り前。皆頑張っている。

そう言われるのは、そこしか褒める所が無いからだ。

お前らプロだろ?

と俺は思う。

2010年4月24日土曜日

Robert Quine死去、、、

なんだか、、今さらだが、、、

だって、知らんかったんだもの、、、(日本に居なかったし)

2004年に名ギタリストRobert Quineが死んだ。

ヘロインの過剰摂取が原因。

先立たれた奥さんの後追い自殺らしい、、、

なんだか、やり切れないなぁ。

60過ぎのオヤジが、、、まったく。

彼の知名度が低いのと同じで

ほんと、数えるほどしか無いけど

何人かの人がBlogで取り上げていた。

特に

http://www.yamdas.org/bmm/music/memorial.html

はナカナカ良かったが。

代表作にL・Reedとかだけじゃ、、、甘いな、、、

彼みたいな「Rock」なギタリストは

アルバム1枚通してなんて、、、嘘臭い。

したがって、タイトルも覚えていなけれど

昔・J・ゾーンが出した映像用曲集?

みたいなのに、

すっごいテイクが1曲入っている。

本当に凄いテイクだと思う。