2009年8月24日月曜日

太鼓製作、、、2、3本目

残りの2本の太鼓が完成した。

やっぱり、思い通りには完成しなかったな―!!!

もっと打面が小さく、

胴の下部分が膨らみ「音溜まり」がするようにしたかった。

でも、皮張りは根性一筋!!一見ガーナの「パンロゴ」だが、

実は相当無理がある張り方。

でも、ヤギ皮は嫌だし、

結局、太鼓自体に凄い負荷を掛けながらも今回も同様。

岩石落とで完成。

やっぱり、負荷が掛かってヒビ割れた(笑)

ま、これも想定内だし、音も思った通りでゴキゲンだから、、、

アントニー君に修理を頼んで、綺麗にしてもらおう。

もう一本は、モロ「ブーガラブ」で、、、皮をヤギで張ったら音は「ジャンべ」している。

こちらも、見てくれは悪いけれど、、音はゴキゲン。

でも、ジャンべ的皮の張り方は本当に均等に、無理が無く負荷が掛けられるけれど、、、

やっぱり、嫌いなんだよな―、、、合理的過ぎて。

今回編み出した張り方は、、、

日本の過保護な太鼓愛好者からは、非難が出るような張り方で、

その荒々しさが気に入っている。張り終わった太鼓も傷を残し、

再度、手荒な事をされないように、イイ音で鳴っている。

やっぱり、バックドロップは凄い。

いや、パイルドライバーかな???

写真は乞うご期待。 カッチョイイよ。

2009年8月13日木曜日

ナイロビの近況等、、、

最近の新聞で

「水不足の後に電力不足、次にケニアを襲うのは食糧難だ!」

と云うような記事があった。

確かに前回の雨季に、適材適所に雨が降らず、定期的な停電も始まった。

幸い、ウチは井戸からの供給なので水不足は逃れているが、、、

停電では苦しめられている。

村に居た時は、電気が無くても別にー??と云う感じだったが、

今更ながら、ナイロビの生活に慣れた自分を再認識した。

毎日ネクタイ締めているし、今の僕はサラリーマンだ。

村の皆は元気かな? 来月は日本人学校の修学旅行に付いて行くので、、、

少し村の皆に会えるかな? 僕の不注意で携帯番号を失くしてしまい、

連絡が取れなくなった「あの娘」にも、どこかで偶然会えないかな、、、

再婚したって聞いたけれど、その後がとても気になっている。

頑張り屋で、働き者で、美しい彼女なら、きっと幸せに暮らしているだろうけれど。

今度は約束通り、彼女の奢りで旨いモンでも食べに行きたいな。

日本でも外国でも、僕の世界は女性で回っている。

2009年8月6日木曜日

世界初の云々は、、、

“世界初の●×奏者!?” と云うのは、実は仕掛けがあって、

「ただ単に今まで外人で演る人が居なかっただけ」の場合がある。

飛ぶ鳥を落とす勢いの“Anyango”こと向山恵理子も同じ。

俺とニャムングのハナシに乗っかっただけ。

恵理子の前にニャティティを学んだ女性は居ただろう。

ただし、恵理子ほどニャティティに真摯に取り組み、

あのレベルまで学んだ奴は居ない。

俺が知っている範囲だけでも、未だ外国人の奏者が居ない楽器は沢山ある。

恵理子の本当に評価されるべきところは、“世界初の云々”じゃない。

“村に入って生活し、、、”でもない。

彼女の“ニャティティの芸”自身にあると思う。

最近は、全く連絡が無い状態なので知らないが。

多くの人を魅了しているのだろう。

奴の歌うニャティティで、埋もれていたニャティティの美しさと、

可能性が新たに広がれば、素晴らしい事に違いない。

ただ、恵理子はニャムングオモシと対話する場を持った方が良いんじゃないか?

仮にも自分の師匠と持ち上げた相手を、半年以上にも渡って無視し続けるのは、

道義に反するんじゃないかと思う。

ケニアと日本は依然として遠く、こちらの声は先ず日本に届かない。

日本⇔ケニア間を行きできる者だけが情報を操作できる。

恵理子にはそこに悪意が無い事を祈るのみだ。

ハナシが脱線したけれど、折角の才能と努力があるのに、、、

「世界初の云々、、」という謳い文句は逆に安っぽく見えてしまうという事だ。

ハッタリは無しで、どうせなら素っ裸で勝負したら良いのに、、、勿体無い。

W・マータイさんじゃないけれど、ホント、勿体無いな。

2009年8月3日月曜日

オリジナリティなんか気にしない

昔、初めて匡哉に出会った頃、

奴は「オリジナリティ」について確固たる考えを持っていた。

曰く「アフリカの太鼓を叩いても、絶対にアフリカ人に勝てないし、、、

アフリカの伝統に拘るより、

俺の中から出てくるオリジナリティっていうの?

そう云ったモノを俺は大事にしたい」

当時は、「はいはい、分かりましたよ、坊や」と苦笑するしかなかったが。

今考えれば、直線的でイイ根性した漢だな、と思う。

普通の奴じゃ、ちょっと恥ずかしいか、勘違いしている奴しか口にしないだろ?

でも、奴は真っ直ぐな目で真剣に語っていたんだな。

俺は、、今も活動を続ける「スタンピート」というバンド

http://sound.jp/stampeat/で、

ドラムセットを叩いたのが打楽器のとの出会い。その時は、寝ても覚めても、、、

太鼓の事ばかりだった。

そのバンドはフロントの二人が超強力で、バンド内のアンサンブル自体が強力に

3人目のメンバーに確固たる個人を要求していたんだな。

毎週土曜の夜の練習を

「最高のメンツと音を出せる期待と喜び」と、

「また、メタメタ、ボロボロにされる恐怖と慄き」とが入り交ざり、

筆舌にし難い複雑な気分で待つ毎日(笑)

スネア一発、カウント1、シンバル一発でダメ出しを何度されたか、、、(マジで)

「誰もお前にテクニックなんて期待していないんだから、、オマエ、、、を出せ」

一転、アフリカの太鼓を学ぶ毎日は、自分でどれだけ対象に近づくか?

師匠の「音」「リズム」「雰囲気」「タイム感」その他諸々全てを吸収する事からスタート。

でも、今思えば、日本でドラムを叩いていた時とそう変わりは無いように思える。

だって、ンゴマは「芸能」だもの、、、音楽の括りじゃはみ出てしまう。

何を叩いても「やっぱり俺の太鼓」だし、そんなオリジナリティなんて気にする前に、

やらなきゃいけない事が山ほどあるんだ。

そう思うようになってからは、オリジナリティなんて、、、、

どうでもイイ事だろ? なんて思っている。