「米国のドラマーは非常に高い技術を持っている、ここで演奏しているアフリカ人のドラマー達は、技術的にはそれほど高くないかも知れない、しかし、彼らは太鼓で喜び、怒り、悲しみを表現できるほどに、とても表情豊かにドラムを演奏する、もし、その音楽が、そのドラマーの技術が高いからと言って、それがいったい何だと云うのだ?」
ある尊敬するドラマーが自分のアルバムを評して、こんな事を云った(と思う)
「やっぱり、スゲェーなぁ、、、」と思ったけれど、いまいち実感がなかった。
「格好良いし、説得力あるけれど、俺が言ったらウソだなー、、、」と思った。
最近は村で暮らし、朝から晩まで太鼓の事だけというワケにはいかないけれど。
「練習なんてものは、どこでも出来る!」と、
今まで「格好良いなー」とか「便利だろうなー」とか思っていた。
コンガ叩きの人達のアノ「手首カタカタ」を練習中。
時々、兄弟分Mが日本から、ヘンテコな面白いパターンを送ってくれたりして。
別に、新しい曲のアンサンブル・パターンなんだろうけれど、
チャッと出来ないと
「なーんだ、出来ないの?」と言われたみたいで、ムカツクから。
それも、一人の太鼓に置き換えて、練習してみたり。
兎に角、やっぱり、自分次第だと思うこのごろ。
人に教える時には、
僕の場合、よく、相手が本当に分かっているのか?と不安になる。
タッチだって、相手がその違いを聴き分けていなかったら、説明のしようがない。
技術については、僕はよく分からないから。
僕のグッとくるところ、そこに共通の意識が生まれなければ、難しい。
本当に難しい。
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